鈴木規夫プロは、1972年にプロテストに合格し、翌年の1973年に初優勝

鈴木規夫プロは、1951年10月12日生まれで香川県出身です。
1972年にプロテストに合格し、翌年の1973年に初優勝を飾りました。
歯切れのいいショットと攻撃的な試合運びが特徴で、九州の若鷹との異名を取っています。
そして、鼻っ柱の強さも右に出るものはいないと言われました。

1974年から、地元の九州オープンでは5連覇という大記録を残しています。
1976年に全英オープンに予選から挑戦して本戦に出場し、初日に日本人プレーヤーとしては史上初めてトップに立ち、世界の注目を浴びました。
最終的には10位でしたが、これは当時の日本人最高順位です。

前年にやっと賞金ランキングが10位に入ったばかりで、当時の金額で旅費等が100万円ほどかかる状況でしたが、果敢に挑戦し、予選は130人が参加し10人しか通らない狭き門の中見事4位で通過、本線でも最終日に粘りに粘って2アンダーで回りました。

賞金は100万円前後で収支はプラスマイナスゼロでしたが、この経験が計り知れないほどの収穫と確信につながります。
そして、他のメジャーにも出場し世界で活躍をしました。
海外のトッププロが参加する日本国内の試合でも、1979年と1980年に2連覇を飾り、日本ツアーでは通算16勝を上げています。

1983年に急性肝炎にかかり1ヶ月くらい入院生活を送りまりたが、シーズン途中からツアーに復帰したものの、8年間続けてきたシード権を失います。
翌年の2戦目には優勝しましたが、その後は不調が続きました。
とはいえ、ゴルフの一時代に活躍したことは間違いない名プレイヤーと言えます。

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カテゴリー:男子プロ

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