世界の頂点に最も近づいた青木功

青木功は日本を代表するプロゴルファーです。
尾崎将司、中嶋常幸としのぎを削り、AON時代を築きました。
日本ツアー通算51勝の成績は、歴代2位になっています。

ライバルの尾崎将司がジャンボと言われるので身長が低い印象があるかもしれませんが、意外にも身長が180センチと日本人としては大柄のプレーヤーです。
青木功の代名詞と言えばパッティングです。

独特の手首を使った打ち方で、ロングパットをズバズバ決めるのが真骨頂で、若い頃は飛ばすものの曲がりも大きく成績が伸びませんでしたが、林由郎に師事することで、パワーフェードを習得し成績を伸ばしました。

海外で力を発揮できなかった尾崎に比べ、青木は世界を舞台に大活躍を見せます。
1978年の世界マッチプレー選手権では日本人として初優勝を遂げると、その名前を全世界に轟かせたのが1980年の全米オープンです。

予選の初日から、当時世界ナンバーワンプレーヤーだったジャック・ニクラウスとラウンドしました。
最終日まで優勝争いを繰り広げ、惜しくも2位に終わったものの、世界のゴルフファンをうならせたのでした。

日本でのテレビ中継は深夜から早朝にかけての放送でしたが高視聴率をマークし、ゴルフブームが再興したきっかけともなりました。
そして、1983年のハワイアンオープンでは、日本人として初の米ツアー優勝を成し遂げています。

しかも、最終18番ミドルホールで、第2打が直接カップインするという劇的な勝利でした。
青木功はそのフランクな人柄から外国人選手にも好かれ、日本ゴルフ界のスポークスマン的存在にもなっています。

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カテゴリー:男子プロ

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