プロゴルファー中嶋常幸は、ライバルの青木功や尾崎将司とともに日本男子プロゴルフ界を盛り上げた選手です

中嶋常幸は、群馬県出身の男子プロゴルファーです。
ライバルの青木功、尾崎将司とともに日本男子プロゴルフ界を代表する選手で、3人の名字の頭文字をとって「AON時代」を築きました。
日本プロゴルフツアー通算48勝という成績は、その尾崎、青木に次いで歴代3位です。

以前は、本名の中島常幸と表記していましたが、海外では「つねゆき」という発音がしづらいためにトミーと呼ばれていて、海外参戦時のツアー登録名はトミー・ナカジマとなっています。

1982、83、85、86年の4度、日本ツアーの年間賞金王を獲得しています。
また、長男の雅生もプロゴルファーとして活躍中です。

中島常幸は、10歳からゴルフを始め、樹徳高等学校を中退後、1973年の日本アマで優勝しました。
1975年にプロ入りし、翌年ゴルフダイジェストトーナメントでツアー初優勝を果たします。

1985年のシーズンは6勝を挙げ、最も好調だったシーズンといえます。
日本オープン選手権優勝や、日本人として初めてダンロップ・フェニックス選手権優勝などもありました。

当時、米国のプロゴルファーからも、もっとも美しいスイングの持ち主といわれ、高い評価を得ており、メジャー4大大会での成績は、78年全英オープン8位、86年マスターズ8位、87年全米オープン9位、88年全米プロゴルフ選手権3位などがあり、日本人で唯一4大メジャー全てでベスト10入りの経験があります。

このうち78年の全英オープンでは、最終日まで優勝争いをしながら17番で2打目を有名なロード・バンカーに入れてしまい、結果的に9打を叩いて優勝を逃しました。

そのため、このバンカーは中島の愛称をとってトミーズ・バンカーとも呼ばれるようになりました。

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カテゴリー:男子プロ

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